高校二年の夏、参加するはずだった合唱祭の会場にえるが現れない。摩耶花からの電話で捜索に出た奉太郎は、ある可能性に思い至るのだが——。古典部シリーズ待望の最新作が野性時代にて登場

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米澤穂信の人気シリーズ待望の最新作!
奉太郎ら古典部の高校二年の夏が描かれる

小説 野性時代 第147号 (カドカワ文芸ムック)

一学期期末試験を乗り越え、折木奉太郎はじめ古典部メンバーが部室に集まった。伊原が喫茶店で体験した「甘すぎる砂糖」の謎について皆で話すが、千反田はどうも心ここにあらずといった様子だ。文化祭で出す文集の打ち合わせのため夏休み初日に集まろうと里志が提案すると、千反田はその日、神山市出身の作曲家・江島椙堂を記念した合唱祭に出るからとふさがっていると言う。しかし合唱祭当日、奉太郎のもとに伊原から千反田が行方不明だと電話がかかってきた——

出典 野性時代 第147号 P059より抜粋

千反田の諦念と葛藤
彼女の理由を知った時、奉太郎は——

伊原が小走りに駆け寄ってくる。傘の失態は忘れてくれたようで、第一声は、
「来たんだ。ありがとう」
だった。
電話で相談されたからといって、校外でのトラブルにほいほい首を突っ込むのは差し出がましいように思う。それでもまあ、ご近所で困っていることがわかっていてのうのうと冷やし中華をたぐるのも不人情だろうと来てみたが、礼を言われればなんだかこそばゆいような感じもする。

出典 野性時代 第146号 P054より抜粋

劇中時間は「ふたりの距離の概算」の3ヶ月後。短編「鏡には映らない」にて心境の変化があったのか、摩耶花の奉太郎に対する態度が若干柔らかくなっているなど、シリーズ一作目『氷菓』から比べると、各キャラクターに微妙な変化を垣間見ることができたように思います。

なかでも印象深かったのが、える捜索に乗りだす奉太郎。もちろん彼らしい自身への行動する言い訳は見られるものの、摩耶花をして「人を見ない」と称されていた頃の奉太郎とは明らかに違っていました。彼の“長い休日”が終わるのもそう遠くないかもしれませんね。

「わたし、いまさら自由に生きろって言われても……お前の好きな道を選べって言われても……千反田家のことはなんとかするから考えなくてもいいなんて言われても……」
次第に自嘲するように変わっていく声は、最後に言った。
「いまさら翼といわれても、困るんです」

出典 野性時代 第147号 P076より抜粋

古典部の面々の変化と並行して描かれていたのが、えるが置かれている環境の特異性。
“千反田家跡取”としてのえるは「遠まわりする雛」でも描写されていましたが、今回はより直裁的になっていた印象。えるの、ある種超然とも言えるブレなさの根幹がそれであり、故にそこを思いがけず切り離されてしまった彼女が戸惑うのは無理もありません。「遠まわりする雛」ラストで描かれた彼女の諦念は、今回の件を経てどう変わっていくのでしょうか。

千反田がこれまで背負ってきたもの、いま背負わなくていいと言われたもののことを思うと、俺はふと何かを力いっぱい殴りつけたい気分にかられた。殴って、自分の手も怪我して、血を流したいような気になった
〈中略〉
俺は言うべきことは言い、やるべきことはやった、あとはもう、どうしようもないほどに、千反田自身の問題だ。

出典 野性時代 第147号 P076より抜粋

「手はどこまででも届くはず」大日向の時とは違い、奉太郎はえるへと手をのばしました。その結果、彼女が戻る事が出来たのかどうかは——しかし、描かれる事はないのでしょうね。

総評

米澤作品らしい少し苦い、けれど先の展開が期待される一編

メインの謎解き部分はこれまでよりも少し薄味な感じ。しかし内容的には劇中時間の経過に伴った各人の変化が顕著に感じられ、シリーズファンが楽しめる一作になっていました。古典部シリーズは奉太郎の卒業まで描かれるとの事なので、今回の件を経て奉太郎とえるの関係がどのように変わっていくのかが楽しみです。

なお、米澤穂信さんのツイートによれば、2016年は短編集の発売が予定されている模様。古典部シリーズは『いまさら翼といわれても』を含めると未収録短編が4作とストックが貯まっているので、6年ぶりの新刊に期待したいですね。

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